「魔王の道しるべ」江坂遊

 学生時代は山岳部員だったので色んな山に登ってきた。北半球は元より南半球の山にもね。危ない目に何度もあったさ。助かったのが奇跡だったことも一度や二度のことではない。そうさ、危険な目にあってもまた登りたくなるんだよ。
 こんな奇妙なことがあった。アンデス山脈の最高峰アコンカグアの中腹で強烈な嵐に直撃され、テントが吹き飛ばされた。風は何とか耐えしのげたが、食料も頼みの地図もなくしてしまい、悔しいけれど下山しなければならなくなった。
 その途中、方向が分からなくなってしまい、さらにスッポリと黒い霧の中に閉じ込められて立ち往生。右に行けばいいのか、左なのか、それとも真直ぐか、仲間の意見はことごとく分かれた。衛星通信ができるスマホも、どうしたことか役に立たなくなっていたので、万事休すだった。
 こんなときに頼りになるのが、意外と現地の山岳救助隊が立てた道しるべなんだが、どうやら先の台風、現地語ではウニャラアウアと言って、魔王の荒い息づかいという意味らしいけれど、そのおかげで谷底に落っこちてしまったようだ。
 途方に暮れていると、ほどなく仲間のひとりが右手の崖下斜面に道しるべが、折れた木の枝に引っかかっているのを見つけた。懐中電灯で照らすと、確かに行先表示が書かれてあるのが確認できたから僕たちは大いに喜んだ。
 ちょっと冒険をしてみる気になった。ボケーッとこのままここで立ちすくんでいても、活路は開けない。それで、僕は引っかかった道しるべを回収しようと危険な崖を降りる決意をした。
 時間はかかったけれど、仲間の協力で、ようやく引き上げることができた。そして、ついにその道しるべをまじまじと見ることができたわけだ。が、その途端、みんないっせいに腹を抱えて笑い出した。いや、今思い出しても身体のあちこちの筋肉が緩むね。
 道しるべだからどこそこまで、あと何キロって確かに書いてあった。でも、どうも信憑性が薄い。何しろニューヨークへ100メートル。大阪へ20メートル。シドニーへ200メートル。パリへ500メートルなどとある。ローマへは……。
 と地名と距離がいっぱい書かれていた。どう考えたって、そんな地点が地球にあるわけないだろう。方向はまだしも、距離がいい加減過ぎる。とんだ道しるべがあったものさ。
 世界の都市を示しているのならともかく、東京がなくて大阪があるのも変だろう。これは言い伝えがあるこの山に棲んでいる魔王の悪戯だなという結論に達した。ほら、ことわざにあるだろう。すべての道はローマに通じるっていうのが。行き先表示がすべてローマなら更に良かったのになあ、そう笑いあったものだ。この道しるべは、でたらめに違いないというわけさ。
 でも、僕はあきらめられなかった。もう破れかぶれでもあったかな。とにかく元あったと思われる場所にこの道しるべを立ててみようと思った。今から考えると、狂気の沙汰だけれどね。
 穴がうまい具合に鍵穴みたいになっていて、この道しるべを土台に差し込んで、くるくる回しているとストンストンとうまく落ちていく、やがてしっかり固定できた。やった。これで正しい位置に納まったと思ったよ。
 僕はためらわず道しるべが示す方向に向かうことにした。当然さ、大阪へ20メートルを信じてみようってね。みんなは、そう、ついて来たよ。
 ああ、そうさ。すぐに赤い灯、青い灯、道頓堀が見えてきた。僕達はあっと言う間に大阪にいる自分たちを見い出した。
 あの道しるべで僕達は命拾いをしたってわけさ。不思議な体験をしたものさ。しかし、もしあの道しるべが魔王の手作りだったとしたら、大阪にはアンデスの魔王が行き来しているのかも知れないね。大阪に住んでいる人は気を付けた方がいいよね。余計なことだけれど。
 何度もあの道しるべのことを話して回ったけれど、みんなはいっこうに信じてくれない。きみだってポカンとしているしね。あのとき山に登った仲間うちの記憶だけが頼りってわけだけれど、それも、どんどん年月がたって薄れてきていてね。あれは本当に起こったことだろうかって自分でも疑い始める始末さ。
 でも3年前、仲間のひとりが出張でニューヨークに行ったとき、ダウンタウンの何でも屋を覗いてみた。そうしたらあの道しるべが無造作に立てかけてあった。これが証拠の写真でメールに添付してきたものだ。ほら、ここの部分、大阪へ20メートルって読める。
 彼はあの道しるべを買ったようだが、それから行方知らずになっている。別の友人が気になって、その店まで足を向けたが、その後の彼の足どりはつかめなかったらしい。近所で聞き込みをしたら、近くのモーテルまで道しるべを自分の肩にかついで持ち帰った。そこまでは追いかけることができたようだが、その先がたどれなかった。
 おそらく彼は道しるべを手に入れて、また意気揚々とアコンカグアに登ったんだと思う。そう考えるのが当然だろう。そこで消息を絶った。
 この写真ではよく見えない部分だけれど、以前にも確か書かれてあった行き先だと思うんだが、彼はそこを目指したんじゃないのかなあ。僕はそう推理している。彼は山より海の方が好きなタイプだった。冒険家の彼なら誘惑に負けても不思議じゃない目的地がそこに書かれてあったのを思い出したからね。
「宝島へ40メートル」ってね。
でも、それは一方通行の矢印で、そこから帰って来られなくなったのかも知れない。