「この世に完璧なシェルターやサンクチュアリは存在するのか? 篠田節子「鏡の背面」書評」大野典宏

この世に完璧なシェルターやサンクチュアリは存在するのか?
篠田節子「鏡の背面」 書評  大野典宏

篠田節子著
集英社

 DVなどの理由からシェルターに逃げ込んだ女性たちが共同生活を送る施設で火災が起こった。そこで「聖母」とまで呼ばれた施設の立ち上げ人、そして側近が焼死した。
 その事件に疑問を感じた女性のライターが聖母の過去を追う。そこで発見したものは、堕落と犯罪の結果としてできあがった歪なサンクチュアリであり、虚構まみれの恐ろしいものであった事実である。
 未読の方のために、真相は絶対に明かさないが、是非とも本作から感じる得体のしれない恐怖を味わって欲しい。
 本書で興味深いのは、シェルターが女性たちにとって決してサンクチュアリではないこと、そして世間から隔絶された環境で生活している女性たちがあまりにも無知であることまで含めて描写されている点である。
 もちろん、女性ライターも経験不足であり、本質のヒントが目に見えて明らかになっているのに聞き入れない。というか、理解したくないのである。
 そして、最初から本質を見抜き、的確な意見を述べているのは、何十年もゴシップ記事を扱ってきたセクハラ体質のおじさん記者だった。
 もちろん被害者に罪は無い。世間知らずも悪いことでは無い。ただ、見えていることに気がつかない鈍感さだけが事を面倒くさくし、恐ろしい背後に誰も気がつかなかっただけだ。
 サイコパス的な正体に近づいてゆくにつれてパニックに陥る女性たち。そこで本質をはっきりと指摘して現実に戻すのはセクハラ記者なのだ。
 これは決して女性たちの責任では無い。社会経験の差である。そして女性ライターも、シェルターに入らざるを得なかった女性たちの気持ちがわかるがゆえに、バイアスがかかっていることに気がついていなかった。
 事の本質とは、正確な情報を集め、冷静な判断をしていればわかることであるにも関わらず、どこかで間違ってしまっているのだ。
 それを指摘する役が主人公の女性ライターが嫌っていたセクハラ記者である点が興味深い。
 倫理観と職業上の技能はまるで違うのだ。
 この指摘は世間的には当然のことなのだが、自らが被害者であるというトラウマ、そして女性たちが尊敬してやまなかった聖母に対する信頼が考え方をゆがめてしまっていたのだ。
 本作では、事の良い・悪いは何も問うていない。ただ、バイアスの恐怖、そして真相にいたるまでの恐怖を淡々と描いているだけである。
 超常現象などは必要ない。目の当たりにする張り子でしか無かったシェルター(言い換えればサンクチュアリ)の正体に戦慄してほしい。
 そして考えてみて欲しい。この世に存在する「安全地帯」とは、本当に誰にとっても安全なものなのかどうか? 実現するためには冷静な判断と的確な運用がされなければ意味が全くないのではないか?
 この二点に関しては、本書を読んだ後でぜひ!

(初出:シミルボン「大野典宏」ページ2020年2月3日号)