「異方体」グレッチェン・カー・アンデルソン(訳:伊野隆之、スペイン語監修:國領昭彦)

私たちは皆、ある種の連続した夢の中に生きている。(中略)目覚めるのは、何か、何かの出来事、あるいは些細な不快感であっても、私たちが現実だと思っていたものの境界線を変えたときだ。
『全滅領域』 ジェフ・ヴァンダミア

 まだ時間に余裕があることを確認したマリア・カルラは自宅を出ることにした。運のよいことに職場までの距離は短い。書類フォルダを数冊脇に抱え、手にはブリーフケースを持ち、歩きながら考え事にふけっていた。気づけば彼女はオルギン大学のキャンパス前に立っていた。
 本館へと続く階段を上る途中でスマートウォッチが鳴った。ちょうど八時。外国語学部のオフィスで同僚たちと挨拶を交わし、出勤簿にサインする。誰かにコーヒーを勧められるが、丁寧に断る。そして、自分のデスクにある試験問題が入った封筒を手に取ってから、三年生の英語の教室の前まで歩を進めた。教室内では、その日の試験について緊張した面持ちで話し合う学生たちの声が飛び交っている。
 マリア・カルラがドアを開けようと手を伸ばしたまさにその時、誰かが彼女を呼び止めた。
 振り返ると、真っ白な髪に異常に青白い肌をした二人の女性がいた。まだ早い時間なのにサングラスをかけ、黒ずくめのスーツにネクタイ姿だ。スーツの下の発達した上腕二頭筋と三頭筋が、ボディビルディングによって作り上げられたような極端なアスリート体型を示している。
 女性たちの身長は、少なくとも190センチはありそうだ。170センチの身長があるマリアが彼女たちと目を合わせようと首を反らすと、第四頸椎を痛めそうになる。
 思いがけない状況に、マリアが最初に思い浮かべたのは、かつてよくあった語学を専攻する学生との交流のために訪れた外国からの訪問者だろうということだった。
 マリアは、できるだけ親しげな口調の英語で尋ねた。
「おはようございます! 音声学と音韻論の教授のマリア・カルラ・ロドリゲスです。ここは私の教室です。どちらからお越しですか?」
 女性たちは彼女の言葉にわずかな身じろぎすらしなかった。黒いレンズ越しに彼女の全身をなめるように見ていたかと思うと、一人がもう一方の仲間に尋ねた。
「彼女なのか?」
「あらゆる指標がそう示している」
 もう一人が答えた。
 その一人が中型のタブレットを取り出し、マリアにウェブサイトを見せた。SFとファンタジー専門のデジタルマガジンのページで、今月発表されたばかりの作品が掲載されている。
「これはおまえが書いたのか?」そう、画面を指さしながら尋ねた。
「もしSFの掌編『惑星ソルグ』のことなら……ええ、私が書きました。そのサイトで2日前に掲載されたばかりです」
 マリアは戸惑いながら答えた。
「その惑星について、もっと詳しい情報はあるか?」
 マリア・カルラは状況を理解しようと二人の女性を見つめた。なぜ彼女のSF小説に興味を示すのか? なぜ惑星ソルグにこだわるのか? 物語のために彼女自ら名付けた名前でしかなく、でっち上げない限り追加の情報はない。
 どこから来たとも知れぬ者たち、――アルビノで巨体かつ筋肉質、全身黒ずくめ――これだけで陰謀の匂いがする。旧約聖書のサムソンのような筋肉を見れば、生計を執筆で立てているようには見えない。机に向かい、鉛筆と紙を手にしている編集者? いや、あり得ない。
「申し訳ありませんが、惑星ソルグに関する他の情報や、関連する作品は持ち合わせておりません」彼女はようやく答えた。「……でも質問させて? あなたたちは誰なんですか? なぜ私の小説に興味があるのですか? そして、どこから私のことを知ってたのですか?」
 二人の女性は視線を交わし、何度か身振りを交わした。まるでテレパシーで会話しているかのようだった。
 一人がマリアに向き直り、言った。
「我々はアガスとターレ。マルチバース年代記記録者評議会に属する『反時間協会』の者です」。
「我々はずっとお前を探していた。お前は、宇宙9.804のイティル銀河第211セクターの転写書記なのだ。我々は惑星ソルグに関する情報を必要としている。評議会が私たちを派遣したのだ」
 マリアは、自分が聞いたことを信じられなかった。創作した物語は、別の並行宇宙で実際に起きている出来事を書き写したものだとこの女性たちは言っているのか? 頭がおかしいに違いない。あるいは、からかわれているのかも。マリアはスマートウォッチを一瞥し、再び二人を見た。
「すみませんが、もうすぐ八時半です。私は試験を監督しなくてはなりません。あなた方がどなたかは存じ上げませんが、その創造力を存分に発揮したいのなら、どこかのSF創作ワークショップに参加したほうがいいと思います。頑張ってくださいね」
 マリアはその場を離れようとしたが、今度はアガスに遮られる。
「転写書記。力を使わせないでください。おとなしく私たちと一緒に来てください」
 マリアは苛立ちを覚え始める。
「私は転写書記なんかではありません!」
 そう彼女は叫ぶが、すぐに声を潜めて付け加えた。
「私は大学で英語を教えています。SFは暇な時に趣味で書いているだけ。まあ、そこそこまともな作品が、大したレベルじゃない専門誌にいくつか掲載されたのは運が良かったってこと。私は作家ですらないの!」
「この女の惑星の尺度だとどう説明すればいいんだ?」とターレが言った。「私の理解では、この惑星の文明度はレベル1にも達していない。この世界の科学者たちは、統一理論を定式化できていない。仮想粒子の自然発生や反重力、あるいは多重紐(マルチストランド)を通じたハイパースペース航法についてさえ知らないんだ。彼女には、量子方程式のすべてを理解できないだろう」
「テレパシーで答えを引き出せるのでは?」と、アガスが提案した。
「無理だ。人間の神経系は極めて未発達だ。受け取れない」と、ターレは答えた。
「待って……」アガスはこめかみに手を当てると、コンピュータが起動する時のような、かすかな音が聞こえた。「今、この惑星のデータバンク――つまりインターネット――を検索しているところよ。何か見つけたわ……」
 マリアの方を向いて、彼女は尋ねた。
「オミクロン理論(テオリア・オミクロン)って聞いたことある?」
マリアは戸惑ったようにまばたきをした。
「オミクロン理論?いいえ、聞いたことないわ……それが私と何の関係があるの?」
 アガスはターレと目配せを交わしてから、言葉を続けた。
「それは、異なる宇宙にまたがる現実の構造を理解する上で極めて重要なものよ。あなたの物語は、あなたが思っている以上に重要な意味を持っているかもしれないの」
「オミクロン理論?いいえ、聞いたことないわ……それが私と何の関係があるの? ニュースもメサ・レドンダ(注:国営テレビの時事解説番組)も見ないんだから、知る訳ないでしょ! それって何? 新型コロナの新しい変異株とか?」
 マリアは目の前に立つ二人のどんな動きも見逃すまいと、じっと見つめていた。

「この現象を発見した地球人のクリスティアン・ロンドーニョ・プロアニョ(注:エクアドルのSF作家。『テオリア・オミクロン』は彼の編集するデジタルSF誌)によれば、作家たちが生み出すすべてのSFやファンタジー作品は、多元宇宙(マルチバース)に存在する他の現実や世界の反映なのだそうよ」とアガスは説明した。
「つまり、誰かが書いたことはすべて、あるタイムラインや平行宇宙で実際に起きているって、そういっているの?」
 マリアは信じられないという様子で尋ねた。
「その通り。作家がインスピレーションを得る瞬間とは、他の現実で起きている出来事の断片が閃くことなのです。彼らはそれを単に書き写しているに過ぎない。優れた作家も劣った作家も存在せず、ただ次元間受信能力の程度が異なる転写書記がいるだけなのです」と、アガスは続けた。
「もちろん、誰もそのことを知らない。誰もが自分の物語は自分の創造力の産物だと思っている――」と、ターレが口を挟んだ。「たとえリアリズムを書いていると主張する作家たちであっても、その出来事は並行次元の地球で起きている。マルチバースには何十億もの現実、銀河、惑星が存在することを考えれば、特定の転写記録者を見つけるのはかなり困難なことなのだ」
「だからこそ、マルチバース年代記転写記録者評議会の一翼を担う『反時間協会(タイムレス・ソサエティ)』が存在するのだ。私たちは特定の転写書記を探し求めて、複数の時空を旅しているのだ」と、アガスは付け加えた。「お前の超短編で語られている出来事は、ユニバース9.804のイティル銀河第211セクターに起源があると思われる。これは極めて例外的なケースなのだ。なぜなら、そのセクターで起きている事象を受け取ることができるのは、お前を含め、これまでわずか3人の個人、あるいは、存在、実体においてしか確認されていないからだ。そのセクターは、マルチバースのあらゆる法則、物理法則、さらには時空そのものの外側に存在していると思われる」
 マリアは、情報を整理しようとして頭の中を思考が駆け巡るのを感じた。
「つまり、ソルグについての私のあの小さな物語が、どこか外の世界で起きている実際の出来事と何らかの形でつながっているということですか? そして、それにアクセスできるのは私を含めてたった3人だけってこと?」
「そう」ターレはうなずいて確認した。「そこで何が起きているのかを理解するために、あなたの助けが必要なのだ」
 マリアは深呼吸をし、この奇妙な状況を理解しようと努めた。
「でも、私に何ができるの? ただの作り話なのに!」
 アガスが再び一歩前に進み、真剣な表情で言った。
「それこそが、私たちがあなたを必要としている理由です。あなたの物語は、そのセクターの最後の転写書記が残した情報記録と一致しているのです」アガスは説明した。
 アガスは、ことわざに言う冷水を浴びせられたような様子で、二人の女性が浴びせかけた圧倒的な情報をマリアが処理しようとしている様子を見つめていた。
「わかった、わかった。あなた方の言うことが本当だとしましょう。それなら、なぜ『多重紐(マルチストランド)』を通じてソルグと連絡が取れないの?」彼女は会話の主導権を取り戻そうと尋ねた。
「自分の物語に何を書いたか、覚えてるか?」ターレが聞き返した。
 マリアは、腕に抱えていた音声学の教科書の1冊をめくった。その物語は大学の休憩時間に書いており、原稿を教科書のページの間に挟んでおいたことを思い出した。
「やっぱりあったわ」
 彼女はそう言うと、原稿を取り出して声に出して読み上げた。

 惑星ゾルは謎めいた場所だった。惑星をとりまく奇妙な粒子の霧が未知のパターンで揺らめき、予測不可能な宇宙の舞いを繰り広げていた。これらの粒子は物質の対極にあり、触れた瞬間に消滅してしまう危険を孕んでいた。
 ソルグは不気味な遺物であり、死んだ宇宙の最後の息吹であった。「大凍結(ビッグ・フリーズ)」の無窮の闇に囲まれ、周囲の天体は、最終的な運命である「エントロピーゼロ」を待つだけの宇宙の死骸に過ぎなかった。太陽はとっくに消え失せ、凍てついた闇の牙の中で生命を飲み込んでいた。
 ソルグを取り巻く反粒子の霧は、死をもたらす有毒な覆いだった。この広大で何もない領域に足を踏み入れた物質的な存在は、存在そのものの対極にあるものに即座に飲み込まれてしまうだろう。ソルグの住人たちは、純粋なエネルギーが奇妙に融合した存在であり、複雑なテレパシーのネットワークで結ばれていた。彼らの精神は、虚空に共鳴する単一の意識体であり、惑星を取り巻く闇の中で唯一の光となっていた。
 集合意識によって結ばれたこれらの存在たちは、消滅の瀬戸際にある宇宙の唯一の残滓となった。熱的死の瀬戸際にある宇宙の純粋なエネルギーへと変容した彼らの体は、ソルグを包み込む反粒子の星雲の中で、星のように輝いていた。宇宙から生命の最後の火花が消え去る中、ソルグの住人たちは、消し去れない影としてその存在を保ち続けた。彼らのテレパシーは、虚無の中に響き渡る反抗的なこだまとなり、失われた宇宙への哀歌となった。
 ついに、ソルグのエネルギーは消え去り、冷たい「ビッグ・フリーズ」に吸収されていった。最後のテレパシーの声が途絶え、それとともに、その衰亡した宇宙における生命の最後の痕跡も消え去った。

 今度はターレが説明する。
「お前の話から判断するに、お前は粒子と反粒子の消滅という現象が何であるかを知っている。その答えは、お前の話の中にある。私たちが宇宙9.804のあの『死のセクター』へ行けないのは、そこへ行けば消滅してしまうからだ。それは虚空にぶらさがっている空洞のようなものなのだ。存在してはならない場所なのだ」
「そしてさらに衝撃的なことに――」アガスは付け加える。「この惑星の地表で何が起きているのか、また、この純粋なエネルギーから成る存在たちに何が起きているのか、我々は特定できていません。なぜなら、それは時空をさまよっている世界だからです。だからこそ、あなたは物語の中で『最後のテレパシーの声が途絶えた』と語りましたが、私は断言します。それは消えてはいません。それは単にディラックの海に沈んでいるだけであり、そこから絶えず現れては隠れ、あなたがテレパシーと称する呼びかけを発しているのです。それは虚無の中に響き渡る反抗的なこだまとなり、失われた宇宙への哀歌となり、それが多重紐(マルチストランド)を通じて伝播し、多元宇宙のあらゆる次元で共鳴しているのです」
「だからこそ、評議会は我々を派遣した。我々は、彷徨う惑星ソルグと、そこに住む存在たちが脅威となるかどうかを知りたい。今、お前が耳にしたことが、我々の知るすべてだ」
 マリアはしばらく黙り込み、今までの会話で聞いたすべてを頭の中で整理していた。ふと、試験の時間なのに、教室のドアの前でこれらの見知らぬ女性たちと話し込んで、長い間立ち尽くしていたことに気づき、はっとした。もし学部長がたまたま通りかかったら、人生で最悪の叱責を受けることになるだろう。しかし驚いたことに、スマートウォッチを見ると、まだ午前8時29分を示していた。
「私たちはタイムループの中にいます」とアガスは言う。
「どうやったのか、お前は知る必要がない」とターレが微笑みながら付け加えた。その笑みで、マリアは彼女の奇妙に突き出た湾曲した牙に気づいた。
「率直に言って、あなたたちは本当に変わっているわね……」とマリアはため息をつきながら、教室のすぐ前の一段目の階段の上で、縫い目からやぶれそうなジーンズに、彼女の豊満なラテン系(ムラータ)の腰を押し込んで整えた。
 彼女はテーブルと椅子があればいいのにと思ったが、そのためにはどこかの部屋に入らなければならない。この「タイムループ」の中、彼女の周りで何が起きているのか、本当に見たくなかった。人々はビデオを一時停止した時のような姿になるのだろうか? それとも、スローモーションのようなものが繰り返されるのか? そんなことは知りたくはなかったので、彼女は教科書とブリーフケース、そして試験問題が入った封筒を膝の上に並べ、ノートとボールペンを取り出し、数秒間目を閉じて集中し、そして……
 二人の女性の笑い声が彼女を現実に引き戻した。
「人間ってわかりやすいわね」
「どうして我々が女性だなんて決めつけるのだ?」
「あら、そうじゃないの? じゃあ、あなた方は何なの?」マリアが尋ねる。マリアの驚きと疑問はすでに一日の許容量を超えていた。
 二人の来客は顔を見合わせる。
「記録をはじめろ……」ターレはそう言い、マリアの発した問いは宙に浮いたままになった。
「邪魔しないでください」
 マリアはペンを手に取り、書き始める。

 空は、まるで一筆で時の流れの中に溶け込んでいく、ぼやけて朽ち果てたキャンバスのようだった。ソルグは生きた惑星であり、湿地の地面から腐敗した幹を持つ何本もの巨大なキノコ状のものが突き出していた。それが液状のメタンが溜まった沼の底に貼り付き、根を張っており、頂には複雑な模様を纏った巨大で肉厚な傘が乗っていた。
 傘の下には、大気中からメタンをろ過して栄養とする、内臓を包む脈打つ肉塊がぶら下がっていた。さらに、彼らの体からは微細な蛍光胞子が放出され、それは空中に浮遊し小さな星のように空を舞っていた。
 ソルグのこれらの存在は、この惑星における生命の最初の現れであり、彼らは想像を絶することを成し遂げていた。すなわち、肉体を地につけたまま、意識を「叡智圏(ノウアスフィア)」と呼ばれる集合的なネットワーク――一種の超知性――へと昇華させ、ソルグ上のすべての精神が融合して生み出された自己認識を持つ存在に命を吹き込み、その存在がさらに自らを創造したのである。
 ノウアスフィアは、生命を宿す惑星を取り巻く反物質星雲のエネルギーを制御し、これらの高次元の意識は、まるでエネルギーに満ちた無形の存在のように、色彩の残響と共鳴し、あらゆる方向に振動しながら、オーロラのように宇宙を立ち昇った。
 柔らかな質感と甘い香りが私の心で溶け合い、恐ろしいほどの美しさを感じさせた。
「我々は『全体』の一部であり、常にそうであった」と、声はささやいた。それは恐ろしく不気味で恐ろしく美しいメロディーだった。
「我々の存在は、複数の時間線や物質そのものの彼方まで広がっている」
「あなた方の宇宙を襲った『大凍結(ビッグフリーズ)』や、惑星を包み込む反粒子の霧を、どのように生き延びることができたのですか?」と私は尋ねた。私の声は、ボソン弦や量子バブルを伝わりながら歪んでいき、その未知の、包み込むような存在の境界で、あたたかい波のように砕けていった。
「我らは我ら以外の何ものでもない」
 私の潜在意識は音楽、天体の調和、完璧な数学の方程式としてエーテルを滑るように流れ、その音色とともに私の心へと降り注ぐ言葉を理解しようと苦闘していた。
「我らに加われ」と、それらは振動した。
 まるで色彩にそれ自身の生命が宿っているかのようだった。それらのオーラは渦巻く波となって動き、それぞれの波が共鳴を放っていた。まるで、あの交響曲(シンフォニー)の、あの嘆きの音波に命が吹き込まれたかのようだった。それらは鮮やかに輝き、大きさや形を変えながら、まるで宇宙の音楽を視覚化したかのようだった。
 そのオーロラを眺めていると、私の感覚は共感覚へと溶け込み、クォークとレプトンの渦となった。一つひとつ、それぞれのオーラが独自の質感、香り、そして味わいを持っていた。官能の絶頂、光の滝、絹のように柔らかなプリズムのような虹――
 その香りは想像を絶するもので、エキゾチックなスパイスと異星の花々の香りが混ざり合い、私を圧倒した。純粋なエネルギーから成る存在たちは、異方性液晶のように空間に広がっていた。鋭く、非対称で、万華鏡のように変化し、プリズムのように光を反射し、池の波紋のようにぼやけていた。
「我らに加われ」と、彼らは振動した。
 その誘いは私の心の中で共鳴した。それは魅力的であり、私は受け入れた。意識が身体から離れ、集合的な流れに加わり、時空の彼方へ旅立っていくのを感じながら……

 オルギン大学の音声学・音韻論教授であるマリア・カルラ・ロドリゲス氏は、午前8時30分、学生によって階段の一段目で倒れているところを発見された。足元にはブリーフケースや教科書が散乱しており、その横には、その日実施される予定だった試験問題が入った未開封の封筒があった。彼女の手にはボールペンが握られており、何かを書いていたことを示唆していたが、現場にはそれを裏付ける紙やメモは見つからなかった。
 医師は脳出血と診断し、彼女は集中治療室へ搬送された。そこで彼女は植物状態となり、生命維持装置につながれたまま。トレッチャーに固定された体は微動だにせず、メタンの沼の底に根を張る「生ける惑星」の住人たちの姿に酷似していた。今や、転写書記であった彼女の意識は彼らの意識と一体化していた。
 時折、彼女の教え子や家族が訪ねてくることもあった。また、時には、その存在だけで時を止めてしまうかのような、アルビノの女性?たちの姿が現れることもあった見かけられた。彼らはテレパシーでマリア・カルラの心を探って意思疎通を図ろうとしたが、それは無駄な試みだった。
「これで生ける惑星と超意識に同化された転写書記は三人目です」そのうちの1人一人が、明らかに苛立った様子で言った。
「危険だとは言ったはずだ」と、もう一人が答えた。「だが、少なくともあの忌々しい世界に何があるかは分かったわけだ……」
 二人のエージェントは肩をすくめると、瞬く間にその場から姿を消し、時間は再び通常の流れを取り戻した。その日現場にいた多くの人々は、マリア・カルラ教授の頭上に、極めておぼろげながらも、時折ある種の半透明な結晶が浮かんでいるのを見ていた。
 それは液体で、異方性を帯びていた。

注:本作は英語版とスペイン語版の間に若干の差異があり、作品の流れに応じ適宜、選択しています。固有名詞の音訳についてはスペイン語の発音を採用しています。